88. ダイコン  大根

 

   地中海沿岸とも中央アジアの原産ともいわれるアブラナ科の一年草。古代エジプトでも栽培され、ピラミッドの建設(紀元前2700年ころ)にたずさわった労働者に、「大根,玉葱,にんにく」を支給したとの記録がある。ヨーロッパや米国で栽培される大根は、ラディシュ(二十日大根)がおもで、大根の根を作るのは、わが国がとくに発達しており世界中で一番大きい。わが国では、「古事記」(712年),「日本書記」,「和名類聚抄」などに記録があり、古くから庶民的な野菜として親しまれ、スズシロ,オオネ,カガミグサとも呼ばれ、春の七草としても知られている。各地で多様な品種に分化、種類は次の通り。

①みの早生系…早生品種の代表格で練馬系。

②練馬系…東京都練馬区が原産で、練馬,三浦,秋づまり,大蔵など、煮物に適する。

③守口(もりぐち)系…太さが2,5㎝、根が1~1,3mと長く守口漬けとして有名。

④宮重(みやしげ)系…青首大根で、根部が青くもとは切り干し用。

⑤亀戸(かめいど)系…東京都江東区亀戸が原産で、根は小さく漬物用。

⑥聖護院(しょうごいん)系…丸大根で京都市左京区聖護院が原産、煮物,漬物用。

⑦桜島系…鹿児島の特産で、大きいのは1個20㎏にもなる。       

⑧二年子,時無系…春大根として栽培される。

⑨その他…二十日大根,葉大根,中国系,芽ものとしてカイワレ大根がある。

冷涼な気候を好み、生育の適温は20℃前後で暑さには弱いが寒さには比較       

的強く、根の肥大の最低温度は7℃前後とされるが、幼苗期に12℃以下の低温に合うと花芽分化し、とう立ちをする。

根部にはビタミンCが多く、たんぱく質分解酵素のジアスターゼ(別名アミラーゼ)は胃の消化を助け、食物繊維は大腸がんを予防する効果が認められている。また、たんぱく質分解酵素のカタラーゼ,オキシダーゼには解毒作用があり、焼き魚のコゲ(トリプトファンというアミノ酸が熱分解したもの)などに含まれている発ガン物質も大根おろしを一緒に付け合わせることでかなり解消される。大根の甘味はおもにブドウ糖で、わずかにショ糖を含む。辛味はイソチオシアネートで、がん予防の効果,殺菌作用や消化促進などが知られている。皮と身の間に栄養があるので皮付きのまま利用したい。そして、葉にはさらに多くのカロテン,ビタミンが含まれ、ぜひ葉つき大根を利用したいものである。1本の中で首の部分は筋が堅く煮くずれしないのでおでんに、真ん中は一番おいしい部分でふろふき,煮物に、しっぽの部分は辛く水分が多いので大根おろしにするとよい。2022年の栽培面積は28,100ha,収穫量は1,181,000t、収穫量構成比は、①千葉12.3%,②北海道10.9%,③青森9.1%,④鹿児島7.7%,⑤神奈川6.4%、そして宮崎,茨城,新潟,長崎,群馬,埼玉…と続く。生産者の高齢化と重量野菜である事からの栽培の減少、加えてたくあん漬けなどの漬け物消費の落ち込み(米を食べなくなった)もあって、減少している。

 

選び方と保存   葉が青々として、肌は白くつやのあるもの。保存は葉から水分が蒸発するので、葉を切り落として太い部分はポリ袋に入れて冷蔵庫へ、葉はゆでて冷蔵か冷凍にする。

旬   10~4月。 

 

青首だいこん  宮重(みやしげ)と耐病総太(そうぶと)り

 

 青首大根は愛知県春日井市宮重が原産で、地中に浅く根を張って生長とともに根の上部が土の中から出るので、日光を浴びて青くなる(緑色)。このため青首だいこんと呼ばれ、この名の方がとおりがよい。肉質は緻密(ちみつ)で締まって甘味が強く、煮物,たくあん漬け,切り干しにも適している。これに対して、練馬大根,三浦大根は大根の根が地中深く張って育ち、色はまっ白で白首大根と呼ばれる。味はピリッと辛い。

 

 従来の青首を改良して、耐病性を持たせたのがタキイ種苗の「耐病総太り」で1974年に発売された。長さは30~40㎝前後で重さは約1kg、大根の上部が地上に出るという特性のために、収穫時に引き抜くのが楽であり、上から下まで同じ太さなので扱いやすく一年中収穫が出来るという特徴もあります。小ぶりで、核家族化が進んだ家庭で食べやすいこともあり、数年のうちに全国に広まり今では入荷の95%がこれで、白首ダイコンは年末に若干入荷する程度である。

 

*練馬大根…江戸時代の中期・元禄年間(1688~1703年)には現在の東京都練馬区で始まり、長さは約70~100cm,太さは25~33cm,首と下部は細く中央部が太いので収穫の時に抜きづらい。煮物,たくあん漬けに最適、最盛期は明治時代中期から昭和時代初期でした。

 

*三浦大根…神奈川県の三浦半島が特産で練馬大根から改良された。練馬大根よりも中央部がふくらんだ形をして、柔らかくて甘味があっておでんは最高である。今も年末に正月の大根ナマス用に少しだけ出回る。

 

*昭和45(1975)年頃の大根…今は青首大根・耐病総太りが1年中出回っているが、当時を思い起こすと四季によって多くの品種が出回っていました。春は亀戸大根,二年子大根、春から夏はみの早生大根,時無し大根、秋は大蔵大根,秋づまり大根,理想大根、冬は三浦大根,都大根,宮重大根などでした。その季節の味を大切にしたいものです。

 

葉大根(大根菜(だいこんな))

 

 従来は大根の肥大する前の「間引き菜」として出荷されていたが、消費の拡大とともに多収で品質のよい専用種の栽培が増えている。葉には多くのカロテン,ビタミンが含まれ、体調を整え皮膚や粘膜の衰えを防ぐ効果があり、そして食物繊維はコレステロールを低下させ、便秘や大腸ガンの予防に効果がある。葉が柔らかくクセがないので、汁物,和え物,炒め物,浅漬けとする。

 

辛味大根

 

 長さ10cm,根径5cmの小型大根の形をしたものから、直径5~10cmでかぶ型,根部がふくらんだもの、色も紫色や黒皮もあるが、どれも辛味が強いことから「辛味(からみ)大根」と呼んでいる。辛味だけでなく旨みと甘みがあって、薬味として蕎麦(そば)やうどんとの相性は抜群、ほかに天ぷら,肉料理,魚料理等に添えられる。辛味成分のイソチオシアネートの前駆物質(グルコシノレート、芥子(からし)油配糖体)とミロシナーゼと呼ばれる酵素が、大根をすりおろすことで細胞が壊れて混ざりあい、辛さを生じる。根の先端部分ほど含有量が多い。

 

大根,かぶの「す」の原因

 

 「す」は収穫が遅れると、過熟現象として発生する。これは根の中心部にある柔細胞の生理作用が低くなり、細胞膜のペクチン質の充填(じゅうてん)機能が低下するために、空洞化して「す」となる。大根のす入り現象は、葉柄のす入りと並行して起こるので、葉付きのものでは葉柄を折って断面を調べると判断出来る。過熟のほかにも、葉が害虫に食われたり、肥料切れのときにも起こりやすい。かぶも同様である。

 

たくあん漬け

 

 沢庵和尚の寺は臨済宗の万青山東海寺で寛永15(1638)年に開山した。今の品川駅近くの御殿山にあった。この沢庵和尚が最初に作ったとか、禅宗の寺には「貯(たくわ)え漬け」という練馬大根を米糠(こめぬか)で甘味のある漬け物にした保存食があり、このタクワエヅケがなまってたくあん漬けになったとか色々といわれている。塩漬けとして漬け物が記録にでてくるのは大和時代で、仏教伝来により肉を避ける風潮が強まったことも背景にあり、後の平安時代には酒粕,もろみ,米糠,みそなどに漬けていた。江戸時代には野菜の種類も増え、一夜漬けなども作られる。

 

切り干し大根

 

 関東以北では「切り干し大根」,関西以西は「千切り大根」と名前が変わるが、大根を千切り,輪切り,たんざく切りなど適当に切って天気のよい日中に乾燥させたもので、太陽のエネルギーを全身で吸収して健康食品に早変わりをする。食物繊維の宝庫で、ほかに生大根に比べて鉄分は30倍,カルシウムは16倍,ビタミンB1,B2はともに10倍と多く、安くておいしく、保存もきき、調理も簡単、大いに利用したいものである。宮崎は日本一の産地で、全国の90%強を生産している。

病気と生理障害

 

①バーティシリウム黒点病…大根を切ったときに皮に近い部分が輪状に黒変している障害で、土壌中のバーティシリウム菌によって発生する。対策としては土壌消毒,抵抗性品種,輪作など。

 

②青変(せいへん)症…切って保存すると中心部から青緑色へと変色をして、古くなるにつれ水分が少しずつ失われスが入り、同時に細胞膜も老化し始める。今までは植物内に含まれる色素ということからアントシアニン系の色素と考えられていたが、今回農研機構の分析によりグルコシノレートの仲間の4・ヒドロキシグルコブラシシンと同定された。発生には品種間格差があり、そして予冷が不十分で大根の温度が20℃の状態が続いた場合に発生することがわかった。収穫後の1~2日間を20℃に置いたときにも発生をした。したがって、予防は、収穫後に低温で流通させること。

 

千六本(せんろっぽん)

 

 千切りにすることで、1006本ぐらいになるように細く切ると思いがちであるが、中国語の繊(シェン)=細いと蘿蔔(ローボー)=大根を組み合わせたシェンローボーが、せんろっぽん=千六本に変化したものとされる。本来は大根だけをいうが、最近はニンジンなどほかの野菜の千切りの時もいうようになった。長さ5cm,太さは2mmほど、マッチ棒くらいが目安。

 

 切り方は大根を5cmくらいの輪切りにして皮をむく。次に半円になるように半分に切り、まな板

と水平に包丁を入れ、下の方から順に2mmの薄さで切る。切ったものを重ね、縦に切っていくと千六本となる。

 

大根焚(だいこだ)き

 

 京都の初冬の風物詩とも言えるもので、昔からこの大根を食べると、中風除(ちゅうぶうよ)け、諸病除け、健康増進になると信じられている。いろんな寺院で行われるが、それぞれの関連性は不明。皮切りは紅葉が盛りの11月下旬、大覚寺門前の覚勝院、12月に入ると、宇多野の三宝寺、鳴滝了徳寺、千本釈迦堂、岩倉妙満寺。年が明けて1月15日には法住寺、2月の初午に三千院と続く。

 

*鳴滝(なるたき)の了徳寺(りょうとくじ)…建長4年(鎌倉中期)、親鸞(しんらん)聖人がこの地で説教をした時、感動した里の人が大根の塩炊きをさし上げた。これが後の報恩講(親鸞聖人に対して受けた恩や善意の心に報いようと、全ての事に感謝の気持ちを持つこと)で振る舞われ、「大根焚き」の名前で世に広まった。大根とふっくらと煮込まれた油揚げが、しょうゆで味付けしてある。

 

*大報恩寺(だいほうおんじ)・通称千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)(鎌倉時代初期安貞元年1227年建築の国宝建造物)…鎌倉時代に同寺の慈禅上人が成道会(じょうどうえ)(釈迦が悟りを開いた日を記念して行われる)法要のときに、大根に釈迦の名前をあらわす梵字(ぼんじ)を書いて厄除けを祈願したのが始まりといわれる。大根は丸い聖護院大根を使っていたが、年々参拝者が多くなり数が間に合わなく、現在は、普通の大根を使っている。

 

大根足

 

 戦後しばらくの間、昭和40年代(1965年~)ころまで若い女性の多くが太い足,大根足でした。それはきっと生活スタイルが食事をするときも茶の間にいるときも、正座やそのまま床に座っていたことと関係すると思われる。その後、住宅環境の改善と共に椅子やソファーの生活となって、足も長くなり太さも細くなってきたことから、この悪口も返上したいものである。

 

 大根が記録に残る奈良時代(古事記,日本書記)は、にんじんを一回り大きくした程度で女性の腕くらいの太さであった。それ故に、古くは「白くてなめらかな美しい女性の腕」の比喩に使われるように、ほめ言葉でもあった。今のような大きな大根になったのは江戸時代の元禄年間(1688~1703年)に現在の東京都練馬区で作られるようになった練馬大根からであろう。

 

*日本住宅公団が鉄筋コンクリート造の集合住宅、いわゆる団地の供給を開始したのが昭和31年(1956)で、ダイニングキッチンに椅子,テーブルといった当時の洋風化へのあこがれとともに受け入れられた。そして日本最大規模の東京・多摩ニュータウンの入居が開始されたのは昭和46年(1971)である。

 

大根役者

 

 この言葉は江戸時代に始まったようで、大根は消化がよいのでいくら食べてもお腹をこわさないところから、当たらない役者=大根役者となった。ほかに、下手(へた)な役者ほどおしろい(白粉)を塗ることから白い大根に例えられた、大根は(大根おろしとして)すぐにおろされるからすぐ下ろされる下手な役者、くろうとに対するしろうとの「しろ」を大根の「白」にかけた、など諸説がある。

 

グルコラファサチンと大根

 

 大根の細胞内にはグルコラファサチン(4・メチルオ3-ブテニルグルコシノレート)と言う含硫配糖体が含まれていて、これが分解されて生じる大根臭や黄変は大根の加工品に特有のものであるが、近年は嗜好の変化もあって、この特性を好まない消費者が増えている。こうしたことを背景に開発されたのが2013年に登録された「だいこん中間母本農5号」・農研機構で、西町理想の中から選抜された。グルコラファサチンを含まないことから大根臭や黄変がでない。但しこの品種は育種素材用であった。そうしたなか、農研機構と渡辺農事株式会社が共同開発したのが「悠白(ゆうはく)」と「サラホワイト」で、2017年に登録された。