8.ク リ  栗

 

 アジア,ヨーロッパ,北アメリカの温帯に分布するブナ科の落葉高木で、日本全域に自生し品種も200種以上ある。縄文時代の遺跡からドングリ,クルミなどと共に出土しているが、弥生時代に入って稲の栽培が始まるとともに主食の座からは降りてくる。古事記,万葉集にも名が出ており、万葉集に山上憶良(やまのうえのおくら)が「瓜食(は)めば子ども思ほゆ、栗食(は)めば、ましてしのばゆ…」と歌ったのも普及の度合いが知れる。また、さつま芋のおいしさをいうときにくりをもとにして、「栗(九里)より(四里)うまい十三里」とも「十三里半」とも言われる。

 

 原生地によって大きく、次の4つに分かれる。

①日本ぐり…日本,朝鮮半島,中国東北地域の一部に分布するシバグリ・芝栗が基本となって、今の栽培グリができた。7世紀末の持統天皇(687~696年)の時代に、五穀の不足を補うために梨と栗の栽培を奨励したと日本書記に記録がある。

②中国ぐり…各地でいろんな種類が栽培されるが、有名なのは天津(てんしん)甘栗と称される河北省で生産されるもので、集荷地の天津市に因んで名付けられ、各地に輸出されている。渋皮がむけやすいのが特長だが、果実は小さい。これに対して、華中や華南のくりは大きい。

③ヨーロッパぐり…栽培は紀元前から行なわれ、イタリア,フランス,スペイン,ポルトガルなどの温帯に分布し、焼きぐりやマロングラッセとして知られる。

④アメリカぐり…1820年代に胴枯病の大きな被害を受け、現在は中国クリを素材とした抵抗性品種が栽培されている。

 

 本格的な栽培は大正時代の末期からで、くりは病害虫,とくにクリタマバチの被害を受けやすく、過去日本中のクリが全滅しそうになったこともあるが、現在は品種改良によって抵抗性品種が育成され、また天敵の導入によって減少している。

 2023年の栽培面積は15,800ha,収穫量は15,000t、収穫量構成比は、①茨城25.8%,②熊本12.1%,③愛媛10.5%,④岐阜5.2%、そして栃木,埼玉,兵庫,長野,神奈川,宮崎,千葉,広島…と続く。2021年の品種別栽培面積構成比は、①筑波31.9%,②銀寄14.4%,③丹沢13.6%,④利平8.2%,⑤石鎚6.4%,⑥国見3.8%、そして岸根,紫峰,杉光,大峰,ぽろたん,出雲,日向,森早生,伊吹,美玖里,神峰,中国栗,玉造…と続く。5年前の2016年と比べたときに栽培面積は76.4%と減少、増加しているのはぽろたん,日向,美玖里,中国栗 ,玉造,ち-7で、その他はすべて減少している。

 乾果を搗栗(かちぐり)といって勝ちに通じることから武士の出陣の際に用いたり、凶作による飢饉(ききん)のときには救荒作物としたり、栗きんとんを正月料理に用いるなど、古来、重要な食品のひとつである。今後の栗の役割として、中山間地や傾斜地農地の保全や里山の利用などに活躍の機会がありそうである。主成分は炭水化物ででん粉が多いが、しょ糖,ぶどう糖なども含まれ甘味が強い。ビタミンはB1,Cが多く、消化吸収のよい食品である。

選び方と保存  表面につやがあり茶褐色で重みのあるもの、底部の座は黒っぽいほど熟している。古くなると光沢がなくなりしなびが出てくる。保存は冷暗所へ。

旬  9~10月。

 

クリタマバ

 

   体長が2,5㎜くらいの黒色の小さなハチで、くりの芽に寄生して虫えい(虫こぶ)を作り、その中で幼虫が発育するので新芽が伸びず、収量が減少しついには枯死に至る。中国大陸に分布し、わが国では昭和16年ころに岡山県で最初に発見され、昭和20年代には日本全国のくり園にまん延し、26年にクリタマバチと命名される。

 

  これの対応としては、被害を受けづらい抵抗性,耐虫性品種(銀寄,乙宗,岸根などで、クリタマバチが産卵しても発育段階で死んでしまう)のあることがわかり、これを利用して新品種(筑波,丹沢,伊吹)が作り出され、昭和35年ころから栽培され効果を上げたが、40年代にはこれにも寄生する新しい型のクリタマバチが現われ、被害が増加した。

 

  これらに対して、天敵の寄生蜂・チュウゴクオナガコバチの存在が確認され、昭和50年から56年にかけて中国から輸入され、茨城,熊本両県のくり園に放され少しずつ分布域が拡大して、今では全国的に防除効果が認められている。チュウゴクオナガコバチは、クリタマバチの虫えいに産卵して幼虫→成虫となり、またクリタマバチの虫えいに産卵を繰り返す。 

 

収穫後の害虫

 

 9月中旬以後の中生種以後の栗については、クリシギゾウムシ,クリミガといった害虫がくりの中に寄生し、売り物にならないばかりか健全な栗にまで食害を加える。これを防止するために収穫後、かつては臭化メチル(メチルブロマイド)による燻蒸(2時間)を行なっていたが、オゾン層破壊物質のために2013年で使用が終わって、代替手段がとられている。

 

①温湯処理…果実を温湯浸漬により果実内温度50℃を30分間維持した後、水で冷やす。そして、乾燥が必要。5℃で貯蔵すると26日後も果肉の変色や異臭がなく、味も変わらない。

②氷蔵処理…氷蔵庫で-2℃,3~4週間の保管をすることで殺虫をする方法。クリの糖度が増し食味が向上することから、貯蔵をしてから出荷する産地では好都合。

③炭酸ガス処理…機密性容器が必要なことから普及には至っていないが、高圧炭酸ガス殺虫法と低圧炭酸ガス殺虫法が農研機構によって開発されている。

 

低温貯蔵とクリ

 

 くりの貯蔵や冷蔵による食味の向上の効果について多くの研究が行われ、-1~0℃で4~6週間,貯蔵することで、低温によりクリ果肉中のでん粉が糖化して飛躍的に甘くなり品質が向上することがわかっている。通風をよくした状態で予冷して果実温度を下げる、そうしてポリエチレン袋に入れて密封せずに袋の口を折り曲げて冷蔵貯蔵をする。これで袋内の湿度が100%近くになり、乾燥を防止できる。このときに予冷をしないと袋内で蒸れたりカビの発生が生じやすく、密封をするとアルコール発酵をしてしまう危険性があるので注意が必要。

 

三内丸山遺跡 (青森県)

 

 紀元前3500~2000年と1500年も続いた縄文時代前~中期の集落跡で、長期間にわたって定住生活が営まれていた。遺跡からはヒョウタン,ゴボウ,豆などの栽培植物と共にクリも出土している。皮をDNA分析すると、周辺に自生するシバグリよりも変異が小さくよく揃っていることから、野生のものを選抜して栽培されていたと考えられる。また、クリの木は堅くて狂いづらく腐りにくいことから、直径1mもの巨大なクリの木を使った掘立柱建物が造られた。

  

(1) 森早生

 

 神奈川県小田原市国府津の猪原慥爾氏が、昭和14年に豊多摩早生に日本グリ系の朝鮮在来種を交配した実生の中から育成、昭和34年に登録された。果実は15~18gで三角形をして果肉は粉質、果皮は濃褐色で光沢があり揃いがよい。産地は埼玉,東京,茨城,神奈川,福岡、熟期は8月下旬。

 

(2) 日向(ひむか)

 

神奈川県小田原市国府津の猪原栗研究所(猪原體南氏)で育成された偶発実生で極早生種。果実は25g前後で森早生よりも大玉で、粒揃いがよい。品質良好で豊産性。産地は愛媛、熟期は8月下旬。

 

(3) 丹沢

 

 農林省園芸試験場で昭和24年、乙宗(おとむね)に大正早生を交配して育成,34年に登録された。同試験場ではくりの新品種の命名には全国の山名を当てており、大正早生の原産地に近い丹沢山系に名前をとった。

   果実は23g前後で早生種としては大果,果肉は粉質で甘味は中程度、はく皮歩止まりが高いので加工用にも向き、2021年の栽培面積は1,245haとくり全体の13.6%を占めて筑波,銀寄に次いで3番手となっている。産地別では、①熊本38.2%,②茨城20.5%,③宮崎10.2%、そして愛媛,兵庫,岐阜,石川と続く。熟期は8月下~9月上旬。

 

(4) 出雲

 

 神奈川県小田原市国府津の猪原慥爾氏が、(宮地6号×七福) ×銀寄に森早生を花粉親として用いて育成したと思われる。モモノゴマダラノメイガの被害が多い。産地は茨城,宮崎,埼玉,東京、熟期は9月上旬。

 

 

(5) 杉光

 

 くりの優良探索事業(1993-1997年)によって選抜されたもので、熊本県山都町杉木で昭和50年代に共同購入した苗木から発見された。果実は28g前後と大きく、果皮は淡褐色,甘味が強く、果肉は粉質で食味はよい。収量性がよく健全果も多いので生産力が高い。産地は熊本、熟期は9月上旬。

 

(6) 国見 (くにみ)

 

 農林省園芸試験場で昭和40年、丹沢に石鎚を交配して育成,56年に命名された。果実は20~25gで、果皮は褐色で光沢があり外観が美しい。果肉は淡黄色,やや粘質で甘味は少なく品質は中程度。伊吹に代わる品種として育成され、産地は埼玉,茨城,大分,兵庫,熊本、熟期は9月上旬。

 

(7) 大峰

 

 茨城県新治群千代田町大峰の滝ケ崎一郎氏が、戦後、盆グリの中で発見した偶発実生。果実は20~25gで帯円三角形をして果肉はやや粉質、果皮は褐色で揃いがよい。着果がよく安定しているが、着果過多になると小粒となりやすい。産地は愛媛,茨城,埼玉、熟期は9月上~中旬。

 

(7) ぽろたん

 

 農研機構で、1991年に早生で果実の大きなニホングリ系統である「550-40」と早生の主力品種である丹沢を交配して育成、2006年に登録された。「丹沢」の子であり、渋皮がポロンとむけることと、広く愛されて欲しいとの願いを込めて「ぽろたん」と命名された。果実は30g程度と大きく、果肉色は黄色で果肉質は粉質,甘味,香気はともに多く、食味に優れる。破裂しないように鬼皮にナイフ等で果肉まで達する程度の傷を数本付けて、電子レンジで2分間または、オーブントースターで15分間加熱すると簡単に渋皮をむくことができる。産地は熊本,茨城,埼玉,東京,宮崎,石川,兵庫、熟期は9月上~中旬。

  

*農研機構では「ぽろたん」と同じように渋皮がむけやすい、「ぽろすけ」を育成した。収穫期が1週間程度早いことから、販売期間の延長による需要拡大につなげたい。クリは同じ品種の花粉では実がつきにくい性質があり、受粉樹を混植する必要があるがこの2品種は相互に利用できる。この苗木の販売は2017年秋からです。これらの品種育成には、遺伝子の 配列を比較した結果、皮のむきやすい配列がみつかりこれをDNAマーカーとすることで効率的な品種育成を行っている。

 

 

(9) 紫峰

 

 農研機構で1971年、銀鈴に石鎚を交配して育成、1994年に登録された。育成地(茨城県つくば市)に近い筑波山の別名を品種名とした。多収性の中生品種でクリタマバチに対して強い抵抗性を示す。果実は28g前後の大果、果肉色は淡黄色で粉質、玉揃いはよい。産地は愛媛,宮崎,茨城,山口、熟期は9月中~下旬。

 

 

 

(10) 筑波(つくば)

 

 農林省園芸試験場で昭和24年、岸根(がんね)と芳養玉(はやだま)を交配して育成した優良品種。果実は20~25gで、果皮は赤褐色で光沢がある。果肉は黄色,粉質で甘味が強く香気があり品質がよい。他品種より収量が2~3割多く、揃いもよく加工にも貯蔵にも向く。

  2021年の栽培面積は2,928haとくり全体の31.9%を占めてトップとなっている。産地別では、①熊本29.7%,②茨城2.2%,③愛媛16.9%,④宮崎6.9%、そして埼玉,大分,兵庫,長野,岐阜,京都,山口,東京,石川と続く。熟期は9月下旬。

 

(11) 銀寄(ぎんよせ)

 

 大阪府豊能郡歌垣村倉垣(現在の能勢町)の原産で、歌垣銀寄ともいう。古くから大阪・能勢地区で栽培されており、江戸時代に「銀札」(貨幣)をもって全国から買いにきたためこの名がついたといわれ、大正2~3年ころに統一名称となった。果実は20~25g,大きいものは30g以上となり、果皮は暗褐色で光沢があり外観が美しい。果肉は淡黄色、粉質で甘味が強く香気があり品質がよい。

   2021年の栽培面積は1,327haとかき全体の13.6%を占めて筑波に次いでいる。産地別では、①愛媛27.3%,②熊本26.4%,③兵庫13.7%、そして大阪,京都,茨城,長野,大分,山口と続く。熟期は9月下~10月上旬。

 

(12) 利平

 

 岐阜県山県郡高富町の土田健吉氏が自園の実生樹の中から発見した偶発実生で、日本栗と中国栗の雑種と考えられ昭和25年に登録された。果実は20~25gで、果皮は暗紫褐色。果肉は淡黄白色,粉質で甘味が強く品質がよい。産地は埼玉,熊本,東京,茨城,愛媛,岐阜、熟期は9月下~10月上旬。

 

 

 

(13) 石鎚(いしづち)

 

 農林省園芸試験場で昭和23年、岸根に笠原早生を交配して育成,43年に普及が予想される四国の石鎚山にちなんで命名された。果実は20~25gで、果皮は赤褐色で光沢がきわめて強く外観が美しい。果肉は淡黄色,粉質で甘味が強く香気があり品質がよい。はく皮歩止まりが高いので加工用にも向く、晩生種の主力品種。産地は愛媛,茨城,新潟,山口,石川、熟期は10月上~中旬。

 

(14) 岸根(がんね)

 

 山口県玖珂郡坂上村字岸根(現三和町)で古くから栽培され、大正2年にその地名から命名,品種登録された。果実は30~40gと大きく、粉質で甘く食味のよい品種で、貯蔵性にも優れています 産地は山口,愛媛,茨城、熟期は10月上~中旬。

 

(15) その他

 

①伊吹…農林省園芸試験場で昭和32年、銀寄に豊多摩早生を交配して育成,34年に登録された。果実は20g前後で、果肉は黄色,粉質で甘味は中程度、香気もあり早生としては品質がよい。欠点としてモモノゴマダラノメイガの被害が多いことが上げられる。産地は茨城,熊本、熟期は9月中旬。

 

②神峰(かみね)…茨城県園芸試験場で1990年、人丸に出願者所有の育成系統を交配して育成、2003年に登録された。茨城県では中~晩生種が中心のため、収穫労力の確保や販売価格の低下が問題となっており改善が期待されている。果実は30g以上と大果で果皮は暗褐色、果肉は黄色で肉質はやや粉質で食味はよい。産地は茨城、熟期は9月中旬。

 

③美玖里(みくり)…農研機構で、石鎚と秋峰を交雑して得た実生から育成・選抜さ2009年に登録された。やや晩生の大果で果実は28g程度,果皮は美しい褐色で外観が優れ果肉は黄色で甘味と香気が多く、肉質はホクホクした粉質で食味が優れている。産地は熊本,山口,茨城、熟期は9月下旬。